
川西 康之(かわにし・やすゆき)
株式会社イチバンセン代表取締役。千葉大学工学部建築学科卒業、同大学院自然科学研究科デザイン科学(建築系)博士前期課程修了後、デンマーク王立芸術アカデミー建築学科招待学生。オランダの建築設計事務所やフランス国鉄交通拠点整備研究所を経て、2 014年にイチバンセンを設立。公共交通機関や駅舎などのデザイン多数。
JR西日本の「WEST EXPRESS 銀河」や芦ノ湖の「箱根遊船SORAKAZE」などモビリティをはじめ様々な建築物のデザイナーとして活躍する川西康之さん。
原点となった海外生活や設計のこだわり、千葉大生に向けたメッセージなどを語っていただきました。
地域住民のニーズを汲み、遊覧船を湖上の公園に
─仕事をするうえでのモットーを教えてください。
川西
私はモビリティデザインだけでなく、各種施設も含めた幅広い設計を行っています。これらを広くまちづくりと捉えたときに、土地を知り、住民の意見を聞き、何を求めているのかに耳を澄ませることを重視しています。これはつまり、住民や事業者など、関わる人全てに自分ごととして考えてほしいということ。例えば、鉄道について考えてみましょう。事業側はどうしても利益や保守管理といった面を重視しがちですが、利用者が求める空間や機能が必ずしもそれに合致しているとは限りません。私たち設計者・デザイナーは、快適なモビリティデザインを通して、事業者と利用者という異なる立場をつなぐ「翻訳家」のような役割だという意識で仕事に取り組んでいます。
─これまでの実績で印象に残っているものを教えてください。
川西
「えちごトキめきリゾート雪月花」は、初めて鉄道車両のトータルデザインを担当したという点で思い出深い仕事です。近年の観光列車は動くホテルとも言われますが、この雪月花は最大級の展望と上質な料理が高評価をいただいています。ある講演会で、雪月花について話す機会があったのですが、その講演をお聞きになったJR西日本の車両部長が千葉大学のOBで、そのご縁で「WEST EXPRESS銀河」や「やくも」といった仕事にもつながっていったので、より一層印象に残っています。また、湖に浮かぶ公園を目指した芦ノ湖の「箱根遊船SORAKAZE」は、観光客のみならず地元住民の憩いの場としても手応えを感じています。
─箱根遊船SORAKAZEのデザインのこだわりは?
川西
箱根遊船SORAKAZEを運営する富士急行グループと私自身も、箱根では初めての仕事でしたので、より地域の声を丁寧に聞いてデザインすることが重要だと考えました。まずは、環境面に配慮しました。船内には芝生スペースを設けているのですが、芦ノ湖はカルデラ湖で水質がきれいなので、プラスチックごみが出ないよう人工芝ではなく天然芝にこだわりました。また、芦ノ湖周辺は伝統的な観光地として有名ですが、地元住民が遊べる場が少ないとの声があったため、デッキにブランコを設置するなど、家族が遊覧しながら遊べるような湖上の公園となるように設計しました。

─最初にデザインを志したきっかけは?
川西
高校時代に鉄道雑誌で水戸岡鋭治(※)さんの記事を見たことです。もともと子どものころから電車や自動車が好きでしたが、モビリティデザインで旅の文化も変えられるという水戸岡さんの言葉を知り、みんなが使う公共交通機関のデザインに携わりたいと思いました。モビリティデザインを学ぶにはどうすればいいかを調べたところ、建築分野ならモノづくりについてひととおりカバーできることを知り、建築が学べる大学へ行こうと考えました。当時、一人暮らしにあこがれがあったこともあり、地元の奈良を出ることを前提に、経済的な負担が少ない国立大学で建築やデザインを幅広く学べる進学先を探した結果、行きついたのが千葉大学工学部建築学科でした。
※ 水戸岡鋭治:工業デザイナー。ドーンデザイン研究所代表取締役。代表作にJ R 九州の「ななつ星in九州」車両など。
─大学院修了後はデンマークに行かれましたね。
川西
在学中に旅をしたデンマークのコペンハーゲンに魅せられ、ここに住みたいと思ったのがきっかけです。現・千葉大学名誉教授の北原理雄さんが当時、デンマーク王立アカデミーの招待教授だったので紹介状を書いていただき、大学院修了後に招待学生として学ぶことになりました。私がデンマークを好きになった理由は、人の暮らしや家族の営みを大切にする文化があったからです。インテリアや食器などの生活を豊かにするもので世界有数のブランドがあるのもその表れだと思いますし、街を歩いていても温かみを感じることができます。居心地の良さや快適さはモビリティデザインでも重要な点なので、デンマークで学んだことは現在の私の原点の一つになっています。
さらに視野を広げて、基礎力を活かしてほしい
─その後も海外で実績を積まれましたね。
川西
大好きなデンマークで就職したかったのですが、当時のデンマークは失業率が高かったため、オランダに移ってアムステルダムの建築事務所で3年ほど修行し、さらにフランス国鉄の交通拠点整備研究所で東ヨーロッパ線開業事業に携わりました。私はこのとき、シャンパーニュ地方の路線開発を担当しましたが、地域に誇りを持った住民たちと納得がいくまで話し合うという体験をしました。私が仕事をする際、関わる人全てに、自分ごととして考えてほしいと考えるのは、このときの経験があるからです。
─最後に千葉大生へのメッセージをお願いします。
川西
デザインや設計だけでなく、また仕事であろうと、学問であろうと、自分の目で見て納得することは、視野を広げるうえでとても重要です。私は千葉大学の工学部で非常勤講師を務めたこともありますが、千葉大学の学生はしっかりと基礎を身に付けている印象を受けました。留学も含めてさらに視野を広げていけばその基礎力をより活かせると思います。チャレンジする皆さんに期待しています。