前回は千葉大学 アカデミック・リンク・センター長の竹内比呂也先生に大学図書館の役割について解説していただきました。今回は引き続き竹内先生に、アカデミック・リンク・センターがどのような構想で設立されたのか、図書館機能にとどまらないさまざまなアクティビティ、そしてこれから目指す姿などについてご紹介いただきます。
アカデミック・リンク・センターのコンセプトは「考える学生の創造」
―「アカデミック・リンク・センター」のコンセプトについて教えてください。
アカデミック・リンク・センターは、発足当初「考える学生の創造」によって千葉大学の教育を改革することを目標としていました。具体的には自分が勉強したいことを自ら発見し、主体的に学ぶ学生を増やしていくことです。受け身で授業を聞いてそこそこ真面目に勉強して、必要な単位をとって、社会に出てしまえば大学の専門とはあまり関係ない仕事をして…という状況が続くようでは、日本の将来はとてもまずいことになると漠然と考えていました。ちょうどそのころアクティブ・ラーニング(能動的な学習)の重要性、答えのない課題に対してよりよい解を見つけようとすることの重要性についても語られるようになりました。このような方向に学びが変化していくのであれば、大学図書館は潜在的な力を発揮できる可能性があると考えたのです。
そこで、人が相互に、あるいは人とコンテンツが出会う「場」、その場で十分に利用できる「コンテンツ」、場においてコンテンツを使い、また学ぶことを支援する「人材」が有機的に連携することで目標を達成するというアカデミック・リンクのコンセプトができあがったのです。このコンセプトは広く受け入れられ、全国的な注目を集めることになりました。
しかしそこで止まっているわけにはいきませんでした。このコンセプトはもともと教養教育の改革という文脈にあったものなので、対象を学部の専門課程や大学院にまで広げていくことを考え、「知のプロフェッショナル育成」ということを次の目標に掲げました。基本の枠組みはあまり変えずに「場」、「コンテンツ」、「人材」の高度化を考え、ラーニングコモンズからリサーチコモンズへ、デジタル化されたコンテンツの利活用を教育・研究の文脈でさらに進めたデジタル・スカラシップ、より高度な人的支援の可能性について検討し、試行錯誤しながら進めていました。そんな中でCOVID-19パンデミックが起き、「誰もいないキャンパス」を見て考え直さざるを得なくなりました。
リアル・デジタルを駆使した「学びを止めない」ための工夫
―学びを止めないための取り組みについて詳しく教えてください。
2020年春、パンデミックのためにキャンパスから学生の姿が消え、附属図書館も休館状態になりました。その時考えたことは、こういう状況であっても千葉大学で学びたいと入学してきた学生の学びを止めてはいけないということでした。幸いなことに、千葉大学はパンデミックの前から「スマートラーニング」を推進することを決めていました。スマートラーニングは、千葉大学が全員留学を推し進める中で、長期留学しても標準年限で卒業ができるように、必修の授業を海外からでも遠隔で受講できるようにしようというところから発想されていました。そのための環境を整備するための中核組織として、スマートオフィス*がパンデミック前に設置されていました。全面的なメディア授業への移行の中で、スマートオフィスは不慣れな教員・学生に対してメディア授業実施・受講のための技術的支援を献身的に行いました。今となっては笑い話ですが、当時は情報基盤も整備途上で、雷が鳴るたびに、停電になってLMS(学習管理システム)が止まるのではないかとドキドキしていました。
*メディア授業の実施や受講支援を行う学内における組織
また、アカデミック・リンク・センターは発足した時から教材開発への関与を主要な活動の一つとしていました。教材は質の高い授業を実施する上で不可欠なものです。幸いなことに、授業目的公衆送信補償金制度が2020年4月に緊急開始されることになり、例えば授業のために学生が著作物をLMSからダウンロードすることが一定の条件の下で許諾を得ることなくできるようになりました。また、附属図書館は学生用図書を可能な限り電子書籍で整備することとし、必要な予算措置もしていただきました。
授業外の学習支援は、これまで図書館という場に学生の皆さんが来ることを前提に行われていましたが、これをオンライン支援に転換する必要がありました。
そこで開発したのが学習支援のためのポータルサイト「Encourage Your e-Learning! (EYeL!,エール)」です。今でも継続的に中身の充実が図られており、学外からも高く評価していただいています。
このように授業のメディア化、教材のオンライン配信、そして学習支援のオンライン化により、学生の皆さんがキャンパスに来なくても学び続けられるようになったと考えています。しかし現時点では、いざという時の最低限の保証のようなものかなと思っています。教育の質を高める手段としてこれを活用できるようにするには、一層の工夫が必要ではないかと思います。
主体的に学ぶためのさまざまな場や支援活動を「利用者視点」で提供
―アカデミック・リンク・センターにはシンプルな図書館としての機能だけでなく、さまざまなアクティビティがあると伺っています。どのようなアクティビティがありますか?
アカデミック・リンク・センターがこれまで高く評価されてきた理由は、ラーニング・コモンズ的な「場」を提供するだけでなく、学びを支援するさまざまな活動を、利用者視点で展開してきたことにあると思っています。またアカデミック・リンクにおける場の捉え方やコンテンツの種類、また人的支援の中身も従来の大学図書館の常識とはずいぶん異なります。ただ、いずれも「自分が勉強したいことを自ら発見し、主体的に学ぶ」というアカデミック・リンクの目標につながっているものです。
特徴的な活動の一つとして「1210あかりんアワー」を挙げましょう。これは図書館のプレゼンテーションスペースを使って、授業期間の昼休みに展開しているショートセミナーです。2012年4月から行なってきた活動の一つで、今では500回を超えました。中でも「教員が研究の楽しさを語る」シリーズは、総合大学である千葉大学で行われている研究の一端を学部の壁を超えて学生に知ってもらい、興味を持ったことについて自ら学べるように図書などを提示するものです。2023年7月末でこのシリーズだけで280回を数えており、本学の教員の2割以上が登壇したことになります。
それ以外には大学院生による学部生を対象とした分野別(数学、物理、化学、文系レポート)の学習相談や研究を支援するオンラインポータル「Encourage YOUR Research Journey!(EYRJ!)」の提供、アカデミック・スキルの涵養にかかるセミナーの実施、マンツーマンの英語論文執筆指導、IIIF*に対応したデジタル・コンテンツの提供など枚挙にいとまがありません。詳細は「アカデミック・リンク101:千葉大学アカデミック・リンクでできること」を見ていただくと、いかに多種多様な活動を行っているかご理解いただけると思います。
* IIIF(International Image Interoperability Framework) デジタルアーカイブに収録されている画像を中心とするデジタル化資料を相互運用かつアクセス可能とするための国際的な枠組み
「今何が必要か」を考え、変わり続けるアカデミック・リンク・センター
―今後の「アカデミック・リンク・センター」の展望について教えてください。
今後、大学における教育や研究のデジタルトランスフォーメーション(DX)が進むと考えられます。教育に関しては社会におけるリスキリングの要請などもあり、キャンパスを離れて「いつでも、どこでも、誰とでも」学ぶというスタイルが一般化するでしょう。研究については世界的にもデータ駆動型研究へのシフトが見られ、多様な研究データの重要性について、先頃日本で開催されたG7サミットなどでも論じられるようになりました。このような状況を踏まえ、大学図書館という教育研究のための基盤はその本質を変えることなく、技術環境の変化にあわせて変貌していく必要があります。
そのためには一人ひとりの学習者や研究者に寄り添い、必要なコンテンツを利用できるようにし、それらを利活用する場を整え、最適な形で支援することが求められます。またそうすることで研究活動や学習者の主体的な学びを支え、新たな知の生産を支援していくことができ、それこそがアカデミック・リンク・センターの使命であると考えています。
短期的に見れば、コンテンツのデジタル化が進む中で、それらを利活用するための高度なインタフェースを提供する場としての機能が重要になります。例えば360度ビジョンのようなコンテンツの表現の可能性を広げる施設の導入などが考えられますし、学習環境としての仮想空間(メタバース)が当たり前になれば、その環境でコンテンツを入手したり表示したりするための環境の整備を行う、ということが考えられます。これまでやってきたことに縛られずに、今必要とされるものは何かということを常に考えたいと思います。
ーこれから千葉大学で学ぶ予定の学生、現在学んでいる学生にメッセージをお願いします。
教育研究をおこなっている教員や多様な専門を学んでいる学生同士が出会い、ものの見方の多様性を知り、互いに切磋琢磨し、社会に出てからも新しい課題にチャレンジしていくことができる基礎的な知性を身につけることこそが、高等教育機関で学ぶ価値だと考えています。総合大学である千葉大学は、日本の中でそれを最も高い水準で身につけることができる大学の一つであると自負しています。学びたい意欲を持っている学生には、最高のサポートを提供します!