少子高齢化が進む日本では、担い手不足に困る農家がいる一方で、働く意欲はあるものの、就業機会が限られている障害者*の方々が多く存在します。この二者を結びつけ、多様な人々が協力し合う豊かな社会と農業の持続可能性をめざしているのが、大学院園芸学研究院の吉田行郷教授です。吉田先生は千葉県に留まらず全国の自治体と連携して『農福連携』を社会に広める活動を、また先生のもとで学んでいる学生たちも、実際に農福連携を実践する事業所などに足を運び、研究やフィールドワークを行っています。
今回は吉田先生の農福連携普及に関する活動や、ゼミの学生の取り組みについてご紹介します。
*「日々の暮らしの中で、ある特性を持つことによりさまざまな不利益や差別、困難に直面する状況が『障壁』や『大きな壁』といえる」という吉田教授の考えから、本記事内でも「障害」という表記を使用しました
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一人ひとりの特性に寄り添った農福連携
―日本の農福連携はいつ頃から始まったのでしょうか
吉田教授(以下、敬称略):農福連携の原点は、1969年に設立されたこころみ学園&ココ・ファーム・ワイナリー(栃木県足利市)の活動にみられます。除草剤を使わず、丁寧に栽培されたぶどうから作られたワインは大変評判です。平均斜度38度という急斜面にもかかわらず、生き生きと働く障害者に感銘を受けて農福連携を始める方も少なくありません。現場を実際に見てほしくて、毎年学生をつれて見学に行っています。
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こうした中で、こころみ学園&ココ・ファーム・ワイナリーの見学をきっかけに、ゼミ生がワイナリーの農福連携について研究し、その成果が査読付きの学会報告論文として学会誌に掲載される快挙を達成しました。多忙な中、協力していただきましたこころみ学園&ココ・ファーム・ワイナリーのスタッフにも恩返しができ、大変うれしく思っています。
―農業において、福祉施設の利用者(以下、利用者)一人ひとりに合う業務の提供は可能なのでしょうか?
吉田:私が農福連携に興味を持って最初に行った京丸園(静岡県浜松市)では、業務を徹底的に細分化して、その方に適した業務を担当してもらっていました。約25人の障害のあるスタッフそれぞれの特性に合った、きめ細かな対応のおかげで全員が戦力となっています。例えば、他の人と一緒に作業をするのが苦手な方には、広々としたところで作業をしてもらう等の配慮がありました。特性があっても、我慢はさせない。苦手なことを無理にさせるのではなく、得意なことを楽しくやってもらう方針です。
また、最初は得意な業務から、だんだん経験値を上げて対応できる仕事の幅を増やしていくと、次第に利用者の自信も高まります。一人ずつ丁寧に採用・育成されている様子が印象的でした。
なお、京丸園についても別の学生が興味深い卒業論文を書いています。就労時点(18歳)では最低賃金の適用除外を受けつつも、7年後には最低賃金に達するケースを例に挙げて、京丸園でのスキルアップと賃金の関係について紹介しました。このケースから、京丸園が7年かけて丁寧に障害のある方を育成していることがわかります。この方は、25歳以降は優秀なスタッフとして認められ、きっと健常者の新米スタッフを教えたりもしているでしょう。障害があっても、急がずにゆっくりと育てることで、時間はかかりますが、きちんと仕事ができる人に成長することを示してくれています。
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―一人ひとりを丁寧に育成しているからこその効果ですね
仕事の幅が広がり見合った報酬を得られると自己肯定感に満ちてゆき、農家の人から「いつも助かっているよ、ありがとう」と声をかけられることで「みんなの役に立っている」という感覚が得られます。
農家側にもおもしろい変化が起こります。初めは手伝ってくれることがうれしかっただけかもしれません。しかし、だんだんと「この人はこれもできるのではないか」と潜在能力に気づき、次第に農福連携のおもしろさにのめり込み、そのうち福祉施設を作る人たちまで現れる、そんな状況も広がっています。
フィールドワークで農福連携を肌で実感する
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―2024年9月に吉田ゼミの学生さんが、奄美大島にある継続就労支援B型事業所「あまみん」で農業実習に参加したそうですね
吉田:「あまみん」は心身に障害がある方の就労・職場復帰を支援する施設です。スタッフが利用者一人ひとりの特性や体調に寄り添いながら、利用者の方が楽しめるプログラムを通して、職場復帰など、その方に応じたゴールを目指します。障害者が農業分野での活動を通じ、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取り組みは、まさに農福連携の理想形です。
農作業を手伝った対価としていただいた果物を使ったジェラートの製造・販売や自家栽培したハーブティーの開発などへの業務展開にも積極的な事業者ですから、プログラムのバリエーションも豊富です。今回学生たちは利用者さんと一緒に農産物の収穫などを体験しました。
―フィールドワークに参加した学生の皆さんはどのような反応をされましたか?
吉田:みなさん農福連携に興味があって勉強しているので、ある程度のイメージはしていたと思うのですが、実際参加してみるとやっぱりすごいな、と口々に言っていますね。フィールドワークの世界で現実が理屈を超えるおもしろさを体験してくれたようです。
―この分野に興味を持った学生さんへ、メッセージをお願いいたします
吉田:農福連携について勉強や体験をした学生の皆さんには、今後、たとえ農福連携に関係する分野で就労しなくても、こういう世界があることを心にとめて、関心を持ち続けてくれたらと願っています。そして、農福連携には色々な関わり方があります。ささやかなことで十分です。もしあなたにできることが見つかったら、思い切って行動に移してもらえると、とてもうれしいなと思います。
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最後に、吉田先生の下で学んでいて、あまみんのフィールドワークに参加した園芸学部4年の中村奏琳(かりん)さんにもお話を伺いました。
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中村さん:吉田先生の授業で農家の経営事例を学ぶうちに、私も農家を志すようになりました。どのように経営の準備をしたら良いか先生に相談すると『実際に現場で学んできたらいいですよ』と、あまみんを紹介してくださいました。
農業にはたくさんの作業があって、利用者ごとに適した活動を担当できることは素晴らしいなと感じました。外で声を出しながら体を動かして作業したい人もいれば、中で静かに作業したい人もいるので適した仕事を選べるのはいいですね。活動を終えると、利用者さんの顔がとても生き生きとされていました。障害の重さだけで担当作業を判断するのは不十分だと気づくなど、実際に行ってみて初めて感じられることがたくさんありました。
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あまみん代表の田中さんから、経営への姿勢について直接伺えたことも大変貴重な経験でした。収穫時の人手不足を応援したり、余ったフルーツを買い取ってジェラートに加工したりするなど、地域のつながりや持続可能性を追求されている姿が印象的です。
将来は祖父母が営む石川県の畑を継いで農福連携による農業を行い、その土地に適した作物を使って商品開発をしていきたいと考えています。従来の農業のイメージを変えて「大変だけれど、農業って楽しそう」と感じてくれる人が増えてくれるように、がんばろうと思います。
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吉田先生、中村さん、貴重なお話をありがとうございました。
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