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ハドロン宇宙国際研究センター

※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

宇宙から飛来する高エネルギー素粒子の観測やスーパーコンピュータを使った数値実験により、宇宙の極限エネルギー源の謎を解き明かすことを目的に、2012年に設立された千葉大学のハドロン宇宙国際研究センター(ICEHAP〔アイスハップ〕)。
同センターの吉田滋教授と石原安野教授にお話を伺いました。

吉田 滋(よしだ・しげる)

ハドロン宇宙国際研究センター長

千葉大学大学院理学研究院教授。東京工業大学大学院理工学研究科博士(理学)修了。ユタ州立大学高エネルギー宇宙物理学研究所、東京大学宇宙線研究所を経て、2002年に千葉大学に着任、2012年より現職。2019年仁科記念賞受賞。

石原 安野(いしはら・あや)

千葉大学大学院理学研究院教授

東京理科大学理学部第二部物理学科を卒業後に渡米。テキサス大学オースティン校大学院にて博士号(物理学)を取得。2006年に千葉大学に着任、2019年より現職。2017年猿橋賞受賞。2019年吉田教授と共に仁科記念賞受賞。

ハドロン宇宙国際研究センターとはどのような研究機関でしょうか。

吉田

まず、ハドロンという言葉から説明しましょう。一般的には聞きなれない言葉ですが、ハドロンとは、あらゆる物質を構成する陽子や中性子といった粒子の総称で、例えば私たちの体や着ている服、テーブルや椅子などもハドロンの組み合わせでできています。ハドロンは、宇宙全体に存在していて、絶えず地球に降り注いでいますが、宇宙で生まれるハドロンは、地球上では考えられないほどの巨大なエネルギーを持っています。この高エネルギーハドロンが宇宙のどこで生まれ、どうやって大きなエネルギーを得ているのかを探るために2012年に設立されたのが、ハドロン宇宙国際研究センター(以下、ICEHAP)です。

石原

ICEHAPでは、理論や計算によるシミュレーションからの解析を目指す「プラズマ(※1)宇宙研究」と、実際に宇宙から飛来する素粒子を観測することでハドロンの発生源を探る「ニュートリノ(※2)天文学」の2つの部門を設けています。物理学は大きく分けると、理論物理学と実験物理学がありますが、ICEHAPは研究の精度を高める目的で、この2つを研究の両輪としています。

2つの研究では、具体的にどのような研究をされていますか。

吉田

プラズマ宇宙研究部門は、粒子の活動が活発になるプラズマ状態を理論やシミュレーションといった側面から研究する部門です。先ほどの話に出た高エネルギーというのは、粒子が加速することで発生するので、どのような現象が宇宙空間で粒子を加速させているのかを理論の面から探っていきます。粒子加速源の候補として、超新星爆発やブラックホールなども研究対象となっています。

石原

ニュートリノ天文学部門は、様々な粒子の中でも宇宙から飛来する高エネルギーニュートリノに着目し、観測を通して宇宙のハドロン発生源を探る研究を行っています。先ほどプラズマ宇宙研究の説明で話があがった粒子の加速について、宇宙のどこかで起こっている粒子を加速させる現象を、私たちは「エンジン」と呼んでいます。陽子や中性子といったハドロンは、そのエンジン天体から地球へやってくるまでに、宇宙空間の磁場やガスなどの影響を受けて方向を変えてしまうため、発生源を特定するのは困難です。そこで目をつけたのが、他物質の影響をほとんど受けず、直進の状態で地球に到達する、すなわち発生源を特定できる可能性の高いニュートリノというわけです。

IceCube観測施設

ニュートリノを観測する南極でのプロジェクトについて教えてください。

吉田

この国際プロジェクトは「IceCube(アイスキューブ)」(※3)というもので、12か国が参加して実施しています。2011年の本格稼働以降、世界のニュートリノ天文学を牽引している存在だと言っていいでしょう。日本の研究機関で唯一、IceCubeの建設当初から参加しているのが千葉大学です。ICEHAPが設立される前からチームとして参加していましたが、私にとってはこれだけ大きな.25参照)。プロジェクトに参加するのは初めてで、最初はどう貢献すればいいのか戸惑ったことを覚えています。けれども、2012年にICEHAPの設立以降、着実に実績を積み重ね、現在は高エネルギー宇宙ニュートリノに関する発見や成果にも主要チームとして貢献できていると自負しています。

石原

IceCubeで具体的にどのようにニュートリノを観測しているかというと、南極点直下の1立方キロメートルの氷の中に5000個以上の光検出器を埋設しています。先ほどニュートリノについて、他物質の影響をほとんど受けず、直進の状態で地球に到達すると言いましたが、実はニュートリノは地球すら通り抜けてしまうほど小さい粒子なのでなかなか検出しにくいのです。そんなニュートリノでも、ごくまれに原子核や電子とぶつかることがあり、そのときに生じる光反応を埋設した検出器で捉えるというのが、IceCubeの基本的な仕組みです。

従来の光検出器をもとに、石原教授が中心となってICEHAPが独自開発したD-Egg

IceCubeでのこれまでの成果について教えてください

吉田

エポックメイキングといっていいものとしては2つあります。1つはICEHAP設立から半年も経たない2012年5月、これまで観測されたニュートリノの中で、最も高いエネルギーのニュートリノの観測に成功したことです。この観測の解析結果を論文にまとめ、翌2013年に発表したところ、高エネルギー宇宙ニュートリノの実在の証拠となる発見との高い評価を受けました。これはかなり画期的な成果で、高エネルギー宇宙ニュートリノ天文学という分野が新しい一歩を踏み出した瞬間だったといっていいかもしれません。

石原

2つめは、2017年にIceCubeが検出したニュートリノ事象の情報を元に、世界中の観測施設が追尾観測を行った結果、ニュートリノ放射源であるエンジン天体の同定に世界で初めて成功したことです。2012年の初検出以来、IceCubeは多くの高エネルギー宇宙ニュートリノを検出しましたが、その放射源が見つかったのは史上初めての快挙です。こちらも論文として発表し、科学誌「Science」に2018年の最も革新的であった科学ニュース10件のうちの1つに選ばれました。

D-Eggが設置されるのは南極の氷河下のため、冷凍庫内で性能試験を行っている

今後のIceCubeプロジェクトの展望についてお聞かせください。

吉田

IceCubeの次のステップとして、2つの計画が進行中です。1つは、現行のIceCubeで使用している検出器の性能を改善した新型検出器約700台を埋設して、ニュートリノ観測の精度を高める「IceCubeアップグレード計画」。そしてもう1つが、IceCubeの施設自体を拡張して、1万台の検出器を埋設する「IceCube-Gen2(ジェンツー)」(※4)です。予定では、IceCubeアップグレード計画が2022年に建設開始、IceCube-Gen2は2026年から建設がスタートする運びとなっています。

石原

IceCubeアップグレード計画やIceCube-Gen2で埋設される新型検出器の候補として、ICEHAPが独自に開発した「D-Egg(ディーエッグ)」が検討されています。観測感度が2倍になるほか 、従来の検出器に比べてスリムな卵型デザインに変更したことで、埋設の際に南極の氷河を掘削するコストを20%も抑えることが可能になりました。これまで不満だった点を解消でき、IceCubeプロジェクトにとって、これは大きな貢献になっていると思います。

ICEHAPの今後の展望をお聞かせください。

吉田

ICEHAPは、2012年の世界最初の超高エネルギー宇宙ニュートリノの発見、そして2017年のニュートリノ放射天体の発見で大きな貢献を果たしました。最初は数名しかいない小さなチームでしたが、着実に実績を積むことで評価を得て、千葉大学の看板センターと言える組織に育ってきました。今後もさらに多くのニュートリノのエンジン天体を発見し、宇宙のエンジンの正体を解き明かすための研究を進めていくのはもちろんですが、個人的にこれからの大きなテーマとなるのが後進の育成だと考えています。IceCubeプロジェクトもGen2という今後の展開が見えてきたところで、高エネルギー宇宙ニュートリノ天文学という新しいジャンルのバトンを若い人たちに手渡していくことが、私の使命だと思います。

石原

IceCubeが本格稼働してからもうすぐ10年になりますが、高エネルギー宇宙ニュートリノの放射源を同定できたのは1回だけ。世界初の快挙とはいっても、個人的にはまだまだ物足らないというのが 正直なところです。そういう意味では、性能を向上させたD-EggがIceCube-Gen2で正式採用されれば、ICEHAPの大きな成果に繋がると思います。これまで5000台強だった検出器がIceCube-Gen2では1万台に増えるので、ニュートリノ観測の新たな成果に期待したいですね。さらに言うと、検出器の開発からその検出器を使ったデータ取得・分析までは、10年ほどのスパンで動いているので、IceCube-Gen2だけでなく、次の10年先も見据えて、精度のより高い検出器の開発に挑戦していきたいと思います。そのときには、IceCubeも「Gen3」になっているかもしれませんね。


用語解説

(※1)プラズマ

高エネルギーにより原子が「自由電子」と「陽イオン」に分かれた不安定な状態のこと。物質の固体、液体、気体に次ぐ第4の状態を指していて、温度を上昇させていくことで発生します。自然現象では、雷やオーロラなどがプラズマにあたります。

(※2)ニュートリノ

素粒子のひとつ。ハドロンから発生し、電荷を持たず、他の物質とほとんど反応しないため、あらゆるものを貫通して光速で直進できる性質を持ちます。名前の由来は、電荷を持たない、つまりニュートラルな状態の粒子という意味から。日本国内の観測装置として、岐阜県飛騨市の「カミオカンデ」、後継施設の「スーパーカミオカンデ」が有名。

(※3)IceCubeプロジェクト

米国、欧州、日本など、12か国の研究機関が参加している高エネルギー宇宙ニュートリノ観測プロジェクト。南極の観測施設は2005年に建設がスタートし、2010年に完成。直径1km、深さ1450mから2450mの氷河下に5160個の検出器が埋設されています。

(※4)IceCube-Gen2

現在のIceCube施設を約8倍の広さに拡張、約1万台の検出器を埋設することで、高エネルギー宇宙ニュートリノの観測感度を5倍以上に高めるプロジェクト。Gen2の名前の由来は、次世代のGeneration2と、IceCubeが設置されている南極に生息するジェンツーペンギンから。


MESSAGE

人は、立ち向かうテーマが困難であれば、それを解き明かしたいという気持ちが生まれます。私自身もそうだったので実感があります。若い皆さんにはぜひ、自分がやりたいと思うテーマに取り組むという姿勢、そして野心を抱いてほしいですね。

MESSAGE

大学での学び方は今後ますます多様化していきます。戸惑うこともあるかもしれませんが、大学はカリキュラムをこなすだけの場所ではありません。自分が進む道をじっくり見つめ直す機会と捉え、前向きに頑張っていきましょう。

※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

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