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研究への愛が溢れる「マニアック絵本」が子どもたちに笑顔を届ける!

※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

今、千葉大学教育学部附属幼稚園で大人気の絵本があります。その本のタイトルは「このあな なんじゃ」。こども家庭庁「児童福祉文化財作品」の令和5年度推薦作品にも選定されたというこの絵本、実は現役の研究者が手がけたものなのです。

著者は化石や地層などを主な研究対象として、生命の進化や地球環境の歴史を明らかにすることを目指す「古生物学」を専門とする千葉大学教育学部の泉賢太郎准教授。なぜ大学の准教授が絵本を手掛けることになったのか? そこには、この分野ならではの課題もあったようです。「もっと子どもたちに、古生物学に触れてもらうきっかけを作りたい」。そう語る泉先生に、今回は絵本づくりのプロセスや、教育活動にかける思いについても伺いました。

教育学部の前にて

――「このあな なんじゃ」シリーズ。タイトルも興味深いですね。まずはこの絵本を書かれることになったきっかけについて教えてください。

泉准教授(以下、敬称略):このシリーズを発行されている出版社さんのSNSを見たのがきっかけでした。イラストも仕掛けもかわいくて、とてもおもしろそうで。そこで、私が研究している足跡や巣穴、フンの化石など、昔の生物の行動の痕跡(こんせき)が化石となった「生痕化石(せいこんかせき)」がこのシリーズに入ったらいいなと引用ポストをしたところすぐに担当編集の方から連絡をいただき、企画がスタートしました。

――SNSから!現代らしいきっかけですね。ところで今回の絵本、「生痕化石」というなかなか難しそうなテーマですが・・・。

:そうなんです。このシリーズの前作は「干潟の生き物」や「土の中の生き物」と、今存在する生物を対象にしたテーマなのですが、生痕化石はあくまで「昔空洞だったもの」であり、今は穴が物理的に存在しないことも多いのです。

ですので、担当編集の方とイラストレーターのみぞぐちともやさんとかなり議論を重ね、どのようにわかりやすく表現するかを工夫しました。この絵本はタイムスリップをする設定なのですが、編集チームで生痕化石のある千葉県の房総半島に実際に行ったのはとても大きな体験でしたね。状況証拠を見ながら、現在の姿だけでなく昔の状況を推測しながら、イラストや吹き出しなどを使ってうまく表現していただきました。

かわいいイラストで古生物学の世界へ

心強かったのは、編集の方からは「この絵本のテーマは『専門家が愛を込めて作る』なので、思い切ってマニアックに振り切ってください!」と言っていただいたことです。おかげさまで、遠慮なく思いを込めることができました(笑)。

――実際に絵本に触れたお子さんの反応はいかがでしたか?

たくさんの楽しい仕掛けが隠されている絵本

:今回、絵本を附属幼稚園に寄贈させてもらいましたが、先生たちの膝にだっこされて園児たちも読み聞かせを楽しんでいると伺い、うれしく思っています。私も小学校での読み聞かせボランティアに参加し、自ら読み聞かせをして子どもたちとのコミュニケーションを取る場面がありました。かなりマニアックなテーマではありましたが、イラストのかわいらしさと仕掛けのおもしろさもあって、かなりよい反応をいただけたのかなと感じています。特に最後の古生物大集合のページは大きな声も上がって盛り上がりました!

――ところで先生はなぜ絵本を手がけたいと思われたのですか?

:一番は古生物学という学問の安定的な存続に対する危機を感じたことが理由です。実は現在、この学問の担い手がものすごく少ないんです。古生物のなかでも恐竜は子どもにも大人にも大人気ですし、「化石の発掘」と聞けば好奇心をくすぐられる方も多く、認知度としては決して低くないでしょう。しかし、それを学問として探究しようと考える方は多くありません。

それは、恐竜はあくまでキャラクター、化石は宝探しのようなイメージが強く、現在の生物とかけ離れた存在であり、研究対象ではないという認識をされてしまっていることも原因なのではと感じています。

――確かに、足跡や巣穴を取り上げた今回の絵本、そして先生が以前書かれた著書「地球と生命の歴史がわかる!うんこ化石」などでも、古生物の生活感がとても伝わってくるテーマが多いですね。

:はい。古生物学にとって化石の発見というのは最も重要なステップであり、それがないと始まらないのですが、世間的にはむしろこの化石の発見がゴールのように見えてしまっているのではないでしょうか。あくまでこの学問は「古『生物』学」、つまり化石をとおして過去の生き物について理解すること、そしてその時代背景を解き明かすことを目的としています。

私は、古生物という学問に関わっている一人としてこの研究分野を途絶えさせたくない、もっと発展させたいという思いがあるので、興味を持ってくれる人を少しでも増やしたい。そのためには、子どもの頃に身近に感じてもらうきっかけをどんどん作っていく必要があるため、絵本という手段はとても重要だと考えています。

これまでに泉先生は多くの著書を刊行されている

――ちなみに先生はなぜ古生物学に興味を持たれたのですか?

:子どもの頃から図鑑や歴史の本を読むことが好きだったのですが、振り返ってみると「ワクワク」から入っているんですよね。実は大学を選ぶ時も理学部と文学部の史学科で悩んでいたのですが、普通に考えると文系と理系で全然違いますよね。でも私にとっては「今と全く違う世界が過去には本当に実在していた」ということを解明する学問という意味で共通していて、それを想像するだけでワクワクしたんです。

――今のお子さんは本だけでなく動画も含め、多くのコンテンツに触れるきっかけもありますよね?

:そうなんです。今は動画やゲームなど想像のきっかけになるものが私の子ども時代とは比較にならないくらいたくさんあります。見るものが多いということは、今の子ども達の方が思考の幅が広がるポテンシャルはむしろ高いとも言えます。あとは、もっと「触れる」体験をしてもらいたい。目の前にいる動物や虫はもちろん、野菜や石などでもいいと思います。どんな形をしているのかな、どんな色をしているのかな、この野菜を食べたら何日後に自分の体になるのかなと、いろいろ想像を張り巡らせる機会が増えれば増えるほど、視野が広がると思うんです。

今は何かと「意味」を求められる時代です。しかし、自分の人生を豊かなものにするためには、意味のあるなしに関わらずたくさんの素材に触れておいた方がいい。自我形成していくとともに興味関心は変わってくると思いますが、それでも「好きだな」と思った経験がずっと残る子もいますから。

子どもたちへの想いを熱く語る泉先生

――ありがとうございます!それでは最後にメッセージをお願いします。

:古生物学は本当に楽しいですし、他の学問にはない魅力もあると感じています。研究対象は約40億年前に誕生した最古の生命から現在生きている生物に至るまで「すべての生き物」であり、圧倒的に広い分野でまだまだわかっていないことが山ほどある。

今回の絵本やその他の書籍、動画などが、「古生物学」を探究していく面白さに触れるきっかけになり、学問としてとても取り組みがいがあり、魅力があることを感じてもらえればとてもうれしいです。

泉先生ありがとうございました。

西千葉キャンパス ブックセンターでは、泉先生による本作りの裏側を公開した展示を行っています。出版のプロセスに興味がある方も、ぜひチェックしてみてください!

泉先生直筆のポップで本づくりの裏側を解説しています

※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

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